2025-08-16

20250621 Mr.ノボカイン

 感覚がない(と言う割にはチュウとエッチなことはギリギリ感じられるのだが…)たいへん珍しい体質により日常生活に難儀している主人公が、勤務先で発生した強盗事件で人質になった女性を救出すべく「自分の殻を破って」奮闘する話。

 普通なら激痛で耐えられない負傷をもろともせず動ける、という彼の特徴を最大限に活かすためか、アクションシーンはジョン・ウィックのような接近戦がほとんど。
 しかし大口径の銃で撃てばさすがに死んじゃうので銃撃は最低限。「切る」「刺す」「高温のものに触れる」などの見るからに痛そうなシチュエーションが続く。思わず顔をしかめたくなる絵の連続だった。
 痛めつけられるバリエーションが豊富とは言え、ずっと至近距離の攻撃を見せられるのはちょっと飽きた。

 中盤に登場するトラップもりもりルームは、絵的な工夫なんだろうなと思いつつ…あそこまで人体をオモチャにしてしまうと悪ノリ感がすごいというか。主人公が学生時代に受けていたというイジメもきっとこんな感じで行われてたんだろうなと思うとビミョーな気持ちになる。
 けっきょく観客である自分も、俯瞰で見れば、彼の奇妙な体質を当事者の気持ちそっちのけで面白がってる人間の一人なんだなと思わされる。

 ヒロインの出演作繋がりで思い出したプレデターの2作目で、シティハンター・プレデターが自ら怪我の応急処置をする有名な場面がある。
 しかしメチャクチャ強い宇宙人なのに痛がっている様子は印象に残っても、「ぜんぜん痛くないのに痛がらなきゃいけない一般人」ではシュールというか、拍子抜けしてしまった。

 痛そうな描写がいくつも出てくるのにところどころで笑ってしまう、何ともユルいヒーロー映画だった。


20250614③ 国宝

 めちゃくちゃ長い!! と思った。

 一つの作品で歌舞伎の演目を何作も見られるのだからおトク感は強いのだけど……
 その歌舞伎のシーンで最も印象的だったのは冒頭の少年時代キクオを演じた子役の「関の扉」だったし、田中泯に圧倒されたので、話題のメインキャスト二人のことがあまり頭に残っていない。

 この作品を鑑賞するのに向いていないなと痛感した点がある。
 私にはイケメンの顔の区別がつかない。
 そのため、吉沢亮と横浜流星、どっちがどっちなのか観ていて分からなかった。
 互いを呼び合うとか、背中の刺青の有無で「こっちがキクオだな」と理解できる部分もなくはなかったが、大体よく分からないままだった。
 そのどっちか分からない青年のドラマパートと何がどう凄いのか知らない歌舞伎パートが繰り返されるのを長々と見せられてる感じ。

 お恥ずかしいことに女性の登場人物も見分けがつかなかった。
 寺島しのぶも「八犬伝のお百さん(馬琴の妻)と同じようなキャラだな」と思ったら芝居の違いが分からなくなってしまった。

 国宝だけ相性が悪かったのか、それとも邦画を観ることじたい向いていないんだろうか。


(追記)
 邦画の興収歴代一位になったというニュースを見た。
 個人的には、長いし、2人の顔が覚えられないし、歌舞伎に興味が湧かなかったし、芸を究める口実があれば子どもが犠牲になってもいいのか?とモヤモヤしてしまってハマれなかった。
 それでも、アニメ(オタク狙いで特典で釣って繰り返し繰り返し観られて数字を稼いでるもの)よりも実写映画が売れるのは良かったなと思う。
 


20250614② フロントライン

 キービジュアルのとおり、全体的に「顔がいい」印象が強かった。

 昔観た刑事ドラマの劇場版に“現場と会議室”の対比が印象的な作品があったけれど、『シン・ゴジラ』で“会議室”の役人たちは恰好いいイメージに変わった気がする。
 背広組を理想のエリートとして描く作品はそれより前にもあったのかもしれないが、自分が不勉強なため、シンゴジ以前・シンゴジ以後で見てしまう。
 個人的には終始シン・ゴジラのイメージに引っ張られっぱなしだった。

 しかしフロントラインのほうが清潔感は上に見えた。
 スーツは常時ぱりっとしているし、ジャンパーを羽織っている人達だって無精ヒゲがむしろ絵的に映える。
 劇中では悪者扱いだったマスコミ関係者の女性レポーターも綺麗なお姉さんだった。
 マスコミ周辺のことで言えば、逆にネット、SNS、医療従事者の家族への偏見、医療機関へ直接凸をしていた人間のことはナレーションでしか分からず、顔が見えないことが徹底されていた。それで余計に作品全体を通して「顔がいい」という印象が強まったのかもしれない。

 でも顔がいいだけではなかった。
 当たり前だけどアクションシーンはないので、各々が仕事に徹する姿を淡々と見せられるのだけれど、変に盛り上げようとか泣かせようとかせずに(終盤ちょっとだけある)、芝居だけで間を持たせていたのが凄かった。

 実際の出来事を基にしたというのもあるだろう、現場で実際に対応にあたった医療従事者の方々のイメージを良くしたい意図がとても伝わってくる作品だった。



2025-06-15

20250614① ドールハウス

 事故で我が子を喪ってふさぎ込んでいたお母さん。たまたま骨董市で日本人形を見つけたお母さんはその子を家に迎え、我が子に接するように可愛がる。やがて元気を取り戻し第2子にも恵まれたことで、彼女の人形への関心は薄れていった。しかし、そこからこの家では奇妙なことが起き始める。

 お母さん役の長澤まさみは特に序盤、絶叫といい、憔悴しきった様子といい、本当に見ていていたたまれない気持ちになる芝居で、そりゃ変な人形に入れ込むのも致し方ないなと思わされる。

 とはいえ、観ているこちらは現代人だ。髪がのびる人形や、捨てても捨てても戻ってくる人形の怪談話に触れたことはあっても、どこかで「科学的に説明がつくのではないか?」と疑いの目で見てしまう。人間の言うことにしたって、もしかしたら思い込みかもしれないし、統合失調や夢遊病などの疾病、子どもがついた嘘、あるいはイマジナリーフレンドなどと考えられなくもない。

 そういう疑いを持ってしまうポイントはご夫婦以外の部外者までが怪異に襲われることで一つ一つ丁寧に否定されていき、「やっぱりガチなのかもしれん」と思わせる方へ誘導されていく。そこからはアヤちゃんを特級呪物だと思ってちゃんと怖がることができた。

 終盤は二転三転どころではない攻防があり若干ダレてしまったけれど、アヤちゃんがフィジカル面でも心理面でも非常に強く存在感を見せつけてくれるので、貞子とは異なるベクトルで恐ろしい子として印象に残った。


 でも、疑問が残る。

 あの家には第2子が生まれたが、ご夫婦にとっていちばん愛情を注ぎたかった・執着している存在は、亡くなった1人目の子なのではないか? お母さんは第2子にたいして1人目ほど関心を持っていないのではないか? 観ていて何となく考えてしまった。

 まず母方の祖父母について一言も触れていないのが(話の構成上お義母さん一人いれば充分なのは分かるが)不自然だし、第2子の背中の引っ掻き傷、第2子の口に付いていた血、噛み跡をつけたのは誰か、見守りカメラの映像で聞こえるというアヤの声が聞こえない等、はっきりとは明言されない点が残ったままだ。

 女の子も5歳をすぎるとこまっしゃくれてきて母親の言うことを聞かない時も出てくるだろう。

 もし、可愛がりたい対象としての子ども像のまま、歳もとらなければ反抗もしない子どもとずっと暮らしていたいとご夫婦が願ってるとしたら?


 夫婦の悔恨の念にアヤちゃんがつけ入ったのか、それとも。

 親の無償の愛とやらが標準装備ではないのだとしたら、この映画の見方はガラリと変わってしまうのかもしれないな、と思った。



20250502 マインクラフト/ザ・ムービー

 一言でゲーム原作の映像化といっても、いくつかのカテゴリがあると思う。
 ためしに鑑賞済の作品から無理やり4つに別けてみた。ちなみに原作ゲームは一つもプレイしたことがない。映画だけ観ている。
【1】ゲームの世界観を映像化したもの
 ダンジョンズ&ドラゴンズやモータルコンバット、名探偵ピカチュウ等々。
【2】観客がそのゲームで遊んだ記憶が重要になってくる作品
 ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービーや、ドラゴンクエスト ユア・ストーリー等。
 1と2に明確な境界線はないかもしれない。が、プレイ経験のない観客が置いてきぼりになる部分があったのでいちおう別けておく。
【3】特定のゲームが存在する前提で描かれる現実世界の話
 レディ・プレイヤー1やグランツーリスモ、ピクセル等。
【4】我々の現実世界とゲームのキャラクターやモチーフが交わる作品
 ソニック・ザ・ムービーやバトルシップはこれにあたるのではないだろうか。

 映画のマイクラは【4】我々の現実世界とゲームのキャラクターやモチーフが交わる作品だろう。劇中世界のアイダホ州にはゲームの「マインクラフト」は存在しない。鉱山に隠されたポータルを通って異世界へ立ち入る。
 異世界には立方体がベースとなった動植物が生息していて、人間たちが右往左往しながら道具や食べ物をこしらえて生き延びる。やってる事は原作ゲームと同じだが、関わり方にハッキリした境界線がある。

 リアルの人物は体形が特徴的。しかもメインで動く男は2人ともに、髪・ヒゲがもじゃもじゃで、お腹が出ている(立方体との対比で丸いのかもしれない)。
 彼らはいずれも不格好で、鮮やかなブルーの服を着たヒゲおじさん(小)は変な歌を唄ってるし、鮮やかなピンクの服を着たヒゲおじさん(大)は基本的に悲鳴要員であまり役に立たない。

 壊したり作ったりすること=創造の楽しみを描きつつ、各登場人物が自らを作り変えていくストーリー仕立て。起承転結があるのはゲーム未プレイの人に優しい作りだなと感じた。
 逆に、マイクラで遊んだことがある人にとっては、ストーリーがあることがノイズになってしまわないか、とも思った。

 できればフィクションの映像作品もゲームも、現実と切り離して存在してくれたほうが嬉しい気がする。